[特別コラム]暗闇の中の希望

2025-08-22

コラム:馬主沼にハマってさあ大変

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地方競馬の馬主免許を取って初めて買った馬は,エレガントラウルという名前だった。

免許を取ってから半年くらいボヤボヤしていたため,買おうと思ったときにはもうオークションに中央未勝利馬がいなくなっていた。でもこの馬は未勝利戦が終わっても何故か粘って1勝クラスを使い,そしてタイムオーバーになっていた。タイムオーバーだけど1勝クラスのペースだったからで未勝利の時計としては水準級だし馬格もあったし,未勝利戦が終わっても粘ったということは(3戦目を使って抹消給付金を少しでも増やしたいという思惑だったとしても)まあそれなりに期待されていたんだろうと考えて,買った。

いろいろあって名古屋・藤ヶ崎厩舎に入厩し,初戦は7着だった。数字だけ見ると惨敗だが想定内だった。「藤ヶ崎厩舎は叩き2戦目を狙え」が長年名古屋競馬を見てきて得られた馬券術の1つだったからだ(本人に言うと機嫌が悪くなるから言わないようにしている)。だから2戦目は「ひょっとしたら勝てるかもな」と期待を胸に名古屋へ向かった。

前日買った新聞にまずびっくりした。本命印のズラリと並ぶ馬がいたのだが,調教師のコメントが「人気にはなるだろうけどまず無理だね(超意訳)」みたいな内容だったのだ。かつて見たことのないようなコメントだった。馬券からははずすことにした。

競馬場に行ってまたびっくりした。まだ社会が新型コロナ対応を続けている頃でパドック最前列には三角コーンが置かれていたのだが,そのコーンを縫うようにおなじ格好をした人が散見された。中央競馬を見なくなって10年以上経っていたのでその当時はわからなかったが,そのファッションはDMMがやっている一口クラブの勝負服を模したものだと後になって知った。彼等はみな「まず無理だねと言われている圧倒的1番人気馬」を応援していた。

レースがはじまってまたびっくりした。「まず無理だねと言われている圧倒的1番人気馬」は大外枠だった。ゲートが開くとその馬はしゃがみ込むような感じで出遅れた。と思ったら高脚を使いながらクビを高くしたまますごい勢いで駆け出した。と思った次の瞬間左斜め上に跳んだ!何を言っているかわからないと思うが本当にその場で垂直跳びをしたのだ。その馬は圧倒的最後方になった。と思ったらまたすごい勢いで走り出した。1コーナーでめちゃくちゃ外に膨れた。3コーナー過ぎから鞭が入った。4コーナーではもう余力がなくなっていた。直線騎手は殆ど追っていなかった。だけれどもなんだかバラバラの走りで,背中の動きと脚の動きが合っていなかった。その馬は9着に大敗した。それに対し,自分の所有馬は人気薄ながら4角先頭の必勝パターンで競馬をしていた。しかし岡部騎手騎乗のカムアウトロールというカーリングファンがいかにも喜びそうな馬に内を掬われ差し返そうとしたもの半馬身届かなかった。だいぶ悔しかったけれど1番人気馬を外した馬券はあたった。

レース後にまたびっくりした。DMMのサイトに調教師のレース後談話が掲載されたのだろう。ネット競馬の掲示板やTwitterに「川西先生のコメント泣ける」「この厩舎に預けてよかった」「名古屋移籍したときは都落ちか…と気落ちしたけど,今は逆に闘志が湧いてきた」「ソナトリーチェにも出資していたけど控え目に言って川西先生は神です」といった,とても1番人気9着馬の出資者たちとは思えない前向きな文字列が並んでいたのだ。会員専用ページで何が語られているかわからないぶん,その「まず無理だねと言われている圧倒的1番人気馬」のことが強く印象に残ったのだった。

その「まず無理だねと言われている圧倒的1番人気馬」ホープインザダークという名前だった。

2週間後,ホープインザダークは再びレースに出てきた。初戦とは一転して予想紙には数個の「×」印が点在するだけだった。パドックに出てきた彼はブリンカーにホライゾネット,さらにはシャドーロールまでつけていた。解説の蟹江さんは「まだ緩い」と何度も言っていたし初戦の「爆走」を見ていたから自信を持って消した。そしたらスタートはちょっとあやしかったけれど外からものすごいスピードで二番手までやってきて3コーナー過ぎにはもう先頭に立ってそのままゴールまで押し切ってしまった。当然ながら馬券は外れた。

その2週間後,今度はカムアウトロールとホープインザダークがいわゆる「勝ち組」特別で対戦した。ホープインザダークは3着でカムアウトロールが勝った。なんだか勝手にホープインザダークをライバル視するようになっていたから「カムアウトロールを物差しにするとうちの馬の方が強いな」と思っていた。

その1ヶ月後,再びカムアウトロールとホープインザダークが対戦した。今度は4角先頭のカムアウトロールをホープインザダークが差し切ってしまった。「もううちの馬より強いな…」。どんどん成長するバブルカンパニー系の底力をまざまざと実感したのだった。たぶ今はもう,こんなに所有馬の対戦相手を覚えていられないと思う。初めて買った馬の2戦目の相手で,一生懸命ネット検索したり新聞を凝視し胸躍らせてレースを迎えていた時代だったから,こんなに印象に残っているのだ。「あ,そうだ今日レースあったんだった」とあとからビデオを見るようなけがれた今ではもう手にすることがかなわない記憶にちがいない。

その後しばらくしてホープインザダークは中央に戻っていった。半年くらいしてオークションに出品されているのを目にしたが,彼の転入したのが高知競馬だったこともあって,彼のことを思い出すことは少なくなっていた。

時は過ぎ今年のお盆のことである。とある花火大会を見に行った。雑踏に揉まれながら下から見るのは,対人能力ゼロの元ニートにとって苦行でしかない。ホープインザダーク以上に揉まれ弱いのだ。ちょうど会場近くのマンションに,ニート時代あまりにお金がなくなって死のうか働こうか悩んだ末働き出したバイト先の先輩熟女が住んでいる。そのマンションから見ることにした。部屋に入ると,キッチンカウンターに置かれた写真が目に入った。「なにこれ?」

「えー,この馬期待して出資したんだけどねーあんまりぱっとしないのよ。こないだなんて出走投票を忘れられちゃったのよ。そんなことってある?今週走るんだけどそれで駄目ならもうオークションで売られちゃうみたい。ラヴアンドホープって名前は強そうなのにねえ。でもかわいいでしょ?駄目な仔ほどかわいいのよね」

ラヴアンドホープ?DMM?一瞬にしてホープインザダークのことを思い出した。出走投票を忘れられるなんて彼の妹らしいと思った。

数日後,ラヴアンドホープはほんとにオークションに出てきた。芝しか使われていない未知さも魅力的だった。調教時計は出ているし稽古の内容もよかった。この一族が成長するのはわかっている。この一族がダートを走るのもわかっている。サンデーサイレンス3×4の狂気もわかっている。

僕は,ラヴアンドホープを買った。


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